写るもの。その奥にある二つの時計。
こんにちは。
Naoです。
春になって暖かくなってきましたね。
桜もそろそろ見納めとなりそうですが、同時に新緑を感じさせる時期となりました。
さて、子供たちは今日から新学期。
僕の住む地域の学校は入学式もあり、新一年生が目をキラキラさせながら新しいランドセルを背負ってパパママに手を引かれています。
うちの子といえば、5年生になり、新しい教室に新しいクラスメイトや担任の先生が誰かワクワクしながら学校へと向かいました。
目次
「今日から高学年な」
5年生になった子供に「今日から上級生だね」と声をかけたら、「高学年な」と訂正されました。
うん、その通り。
いつの間にか言葉を正されるようになり、その成長を頼もしく思う反面、少しだけ寂しさを感じた瞬間です。
1年生の頃、後ろに倒れそうになりながらランドセルを背負っていたあの日。
つい先月までは幼稚園の先生に直接引き渡すまで付き添っていたのに、入学式が済んで、いざ登校となると、朝に玄関で見送ったら、あとは子供達だけで登校。
「本当に大丈夫なのだろうか」と、子供よりも自分の方が不安に駆られていました。
そのころの姿が嘘のように、今のその背中にはランドセルが少し小さく見えます。
入学式の後。ピカピカだったランドセル。
初めてのプロジェクトとしての戸惑い
思えば、何事もやってみないと分からないことばかりです。
結婚式という行事も、新郎新婦にとっては人生で初めて経験する、あまりに巨大なプロジェクトといえます。
実際に準備を始めてみて初めて知る苦労があり、単語の意味さえ分からず調べる日々に明け暮れることもあるでしょう。
子育ても、全く同じでした。
お腹に命が宿った瞬間から、食事の制限、生活スタイルの見直し、あれこれあるベビーグッズ選び。
保育園の選考基準に悩み、送迎の分担を話し合い、急な発熱に頭を抱える。
生まれたて。最初の2〜3ヶ月は24時間体制だったな…
足が手のひらに収まる大きさ。今じゃ足のサイズも妻と同じです。
かつて自分も子供だったはずなのに、親という立場になると、これほどまでに分からないことだらけの問いに立ち向かうことになるとは思いもしませんでした。
1歳半頃。この寝方って共感できる人いますか?
親御様が歩んできた、20〜30年という物語
この「分からないことだらけの子育ての日々」は、これから結婚式を迎える多くの新郎新婦にとっては、まだ見ぬ未知の世界です。
しかし、新郎新婦の親御様にとっては、かつて必死に通り抜けてきた、愛おしくも懐かしい景色でもあります。
「親」というのは不思議な生き物で、子供はいつまで経っても、成人しても、結婚しても、子供は子供のままだと感じるそうです。

七五三なんてまだまだベイビーみたいなもんだったな。
この10年という長い(世の中の先輩親御様たちからすれば、短い10年)を過ごしてみて感じるのは
諸先輩方の言う通り「あっという間だった」
ということです。
きっと日々の変化が目に止まるほどのものではなく、ふとした瞬間にならないと気づけないからだと思います。
久しぶりに会った親族や友人の子供に、大きくなったな、と感じるのもそれ。
そのふとした瞬間、というものが結婚式の中にはたくさんあり、と同時に大きな節目なのだと思います。

親も若いままの気でいたりします。今これやったら体から聞いたことのない音がしそう。
子供が10歳になり、子供と別々に過ごす時間も増えました。
学校、塾、習い事。
知らず知らずのうちに、一緒に過ごす時間は年々減っています。
30歳で結婚するとして、残りのあと20年。
これまでの10年の「倍」の時間があるように見えて、実際に顔を合わせて過ごす時間は、この10年間の半分にも満たないのかもしれません。
一生のうち子供と過ごせる時間を、もしかしたらもうほとんど使い切ってしまったのかもしれません。

年長さんの頃。おふざけは今も日常茶飯事ですが。
「子供は生まれてきた瞬間に一生分の親孝行をする」
そんな言葉を聞いたことがあります。
親が苦労して子育てした分を、子供が大人になってから返すのが親孝行だと思っていました。
でも逆なんですね。
生まれてきたその瞬間に、一生分では足りないぐらいの感動を、確かに受け取りました。
だから今は親孝行へのお返し中です。

二つの世代に寄り添うということ
自分自身が親としての体験して、僕の視界は大きく変わりました。
以前の僕は、結婚式の美しさに感動しながらも、その背景にある親御様のストーリーに「リアル」を感じることはできていなかったのだと、今なら分かります。
新郎新婦の門出を祝う気持ちと同じくらい、その背後で見守る親御様の積み重ねてきた時間に、より強く心が動くようになり、親の想いというものの解像度が上がったように感じます。
結婚式は新郎新婦のためのものですが、同時に、親御様にとっても一つの大きなプロジェクトの節目でもあります。
だからこそ、僕は新郎新婦の美しさだけを追うのではなく、親御様が歩んできた月日や、その眼差しに宿る想いにも同じように寄り添いたいと思っています。
最近、結婚式当日に親御様との会話が以前より弾むようになりました。
それはきっと、僕自身が親としてのリアルを今まさに体験し、親御様が歩んできた道のりの一端を理解できるようになったからだと思います。

「かつて小さかった背中」を知っている親御様の想いを、少しだけ代弁するような。
そんな視点が、1枚1枚の写真に、そして僕自身の在り方に、深く影響を与えています。


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